古川日出男 / 沈黙 -Rookow-

rekoba2004-09-22

仏が入滅した日より二四八八年目の八月、大瀧鹿爾はビルマからシャムに入った。さらさらという葉ずれの音だけが国境にはあった。かつて受けた訓練のおかげで食うには困らない。山岳部に暮らしていたのはシナ・チベット系の人びとで、ことばも通じた。森には官能があった。ビルマの悪夢とは違った。ここでは追及にさらされず、無時間的な旅をつづけられた。一つめの村で豚を見、二つめの村でも豚を見た。そして三つめの村で音楽を聴いた。

これは、今回紹介する小説「沈黙 -Rookow-」の出だしの一節。ぼくは、友人に「やばいよ」と教えてもらい、この出だしを読んだ瞬間からファンになりました。作者の古川日出男さんは、「アラビアの夜の種族」で日本推理家協会賞、日本SF大賞を受賞した作家。というより、村上春樹のremix小説の発起人として自ら「中国行きのスローボートRMX」を書いた作家と言ったほうがピンと来る方のほうが多いかもしれません。この「沈黙 -Rookow-」は、そんな著者の第二作目。“純粋な悪と絶対的な音楽”という難解なテーマを見事エンターテインメントとして昇華させた佳作です。自身で村上春樹のremix小説を手がけるだけあって、純粋な悪との戦いという部分では「ねじまき鳥クロニクル」などの影響を感じずにはいられません。作中でメタフィクション的に語られる、生命としての音楽“ルコ(Rookow)”の壮大な歴史。その圧倒的な世界観、そしてディティールは、「ねじまき鳥クロニクル」における“ノモンハン”、はては「カラマーゾフの兄弟」における“大審問官”を思い起こさせます。また、著者である古川日出男さんは相当な音楽好きみたいで、端々にアシッド・ジャズだとかダブだとか、そんな言葉が飛び出します。音楽好きこそ読んでもらいたい、素晴らしい作品です。


単行本:ASIN:4877283226
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