古川日出男 / アビシニアン

rekoba2004-09-25

ぼくは手帖のダイアリーの部分をひらいて、いそいで顔をさがした。必要な顔は、たちまち発見された。メモ用のページにもどり、脳を音楽にゆだねながら、愛用の緑色のサインペンを走らせた。ことばが炸裂する。いったいなんだ? 酔いのせいか? いや、ちがう、音楽だ。シンプルに、ダイレクトに、音楽。
ほとんどニュートンの林檎のような衝撃。
なんてこった。静寂(しじま)がなければ文章の類が書けないなんて、受験勉強的なバカげた、無検証な思いこみもいいとこじゃないか。執筆に噛みあうのは図書館だなんて、固定観念のきわみだったか。
まいったな。シナリオを書くべき場所はここにある。
「カウンターで、書きものをしても、いいですか?」
<中略>
「飲み食いをしているあいだのその場所は、そもそもあなたのものよ、好青年。お店というのは、そういうルールでしょ?」
「まっとうな正義です」
「わたしは正義が好きよ。わたしにとっての正義がね」

それから音楽についてマユコさんに訊いた。
「ところで、いまかかってるこれは、なんですか?」
パブリック・エネミー

先日紹介した「沈黙-Roolow-」の文庫版にカップリングされている古川日出男さんの中編小説。今回は、「沈黙-Roolow-」とはうってかわって、シナリオを書く大学生と文盲の女性とのとっても詩的でスタイリッシュな恋愛小説です。登場人物が微妙にかぶってたりするので、文庫版ではカップリングされたんだと思います。前回の「沈黙-Roolow-」同様、今回も“音”が非常に重要なファクターとなっていて、言霊のもつチカラみたいなものの絶対性が描かれています。この人の小説に自分なりのサウンドトラックを作ってみたりするのも、面白いかもしれないですね。いや、おもしろそうだ、ちかいうちにやろう。決めた。


単行本:ASIN:4344000072
文庫本:ASIN:4043636024