【改稿】Trip hopについて大いに語る。前編

rekoba2004-08-27

これは常々思うことなのだが、音楽において“ジャンル”とは、細分化された情報を整理するために必要とされる便宜的な存在であるべきだ。しかし、音楽を取り巻く現状を省みると、“ジャンル”は音楽を聴く上での最重要課題になっているような気がする。ロックンロール、クラシック、ヒップホップ、ソウル、レゲエ、ジャズ…。いま世の中にはさまざまなタイプの音楽が存在しているけれど、どれもこれもみなそれぞれ素晴らしいと思う。しかし、増えすぎた情報により膨張を極めた現在において、“ジャンル”とは整理用フォルダとしての機能だけでなく、ある種の固定観念へ発展してしまった。「ロックじゃなきゃ聴かない」、「ジャズは気合いが足りない」等々…。この現象は筆者も含め音楽を楽しむ多くの人間に、多かれ少なかれ見られることでろう。全ての音楽をありのままの音楽として楽しむこと、つまり“ただそこにある音を楽しむ”。それが、究極的な音楽との接し方なのだと思う。


Trip Hopとは、そんな“ジャンル”の波間から誕生した呼称だ。私の記憶が正しければ、95年頃に発表されたBristol出身のPortisheadやtrickyなど、Hip hop、Dubなどの影響を受けつつ、そのどれとも形容しがたいダウナーなロービートのブレイクビーツ作品に対する総称として使われ出した。その快楽性を排除した内省的なサウンドは、当時のクラブミュージックシーンには衝撃を与え一世を風靡することとなる。95年度版、最新の“クロスオーバー”サウンドと考えていただければ、わかりやすいのではないだろうか。とにかく目新しいのだが、なんとも形容できないそのサウンドは、またの名を“アブストラクト(抽象的な)ヒップホップ”とも呼ばれた。つまり、“Trip Hop”と“アブストラクトヒップホップ”は音楽性で言えばほぼ変わらないのだが、あえて区別しろといわれるのであれば、Bristol出身か否かというところなのだろう。だが、実際のところ、ほとんどのメディアはそんな区別もなくJazz/クロスオーバーと同じような文法で、Trip Hop/アブストラクトヒップホップとして使われていた。


このムーブメントが画期的だった点は、それまで細分化され孤立していたそれぞれの音楽を、Hip Hopの方法論上で並列に扱ったということだ。その点で当時最も先鋭的だったレーベルは、Cold Cut率いるNinja TuneA Bathing ApeでもおなじみのJames Lavelle率いるMo'Waxだった。たとえば、Mo'WaxからリリースされたDJ Shadowの作品は、FunkやSoulからThe CureU2といった、通常のHip Hopマナーでは考えられないようなネタまでもサンプリングし、当時のシーンに衝撃を与えた。また、Cold CutはMacの起動音からビバルディの四季までをもサンプリングソースとして使用し、Hip Hopフォーマットにおける音楽の無限性を提示したのだった。そして、Trip Hop/アブストラクトヒップホップはひとつのシーンとして定着するが、それは皮肉にもただ彼らのスタイルを模倣しただけの“薄い”作品が氾濫するということと同義でもあった。当然シーンは停滞し、耳の早い人々は次の新しい音楽へと興味が移行していた。そんな中、シーンをリードしてきたMo'Waxの総帥/A&RでもあるJames Lavelleは、96年に傑作コンピレーションアルバム「Headz 2」をリリースする。彼は、この作品でTrip Hop/アブストラクトヒップホップという“ジャンル”にアンチテーゼを叩きつけた。自身とDJ ShadowとのユニットUnkleをはじめ、Dj Krush、Attica Blues、The Dust Brothers(後のChemical Brothers)、Roni Size、As One、さらにはCarl Craig率いるInnerzone Orchestraなど幅広いクリエーターをピックアップし、Trip Hop/アブストラクトヒップホップの本質を追究した、ワイドでクロスオーバーな世界観をシーンにプレゼンテーションした。まるで“ジャンル”という垣根を感じさせないそのスタイルは、人々に絶大なる影響を与え、のちに「HEADZ系」という言葉までも生み出すにいたった。まぁ、そもそも“ジャンルを特定しない自由なスタイル”というのがHeadz 2の画期的なところなのであることを考えれば、「HEADZ系」というのはいささか的はずれな言葉であるわけだが。


そして、この作品がキッカケと言うわけでもないのだろうが、時代のトレンドは徐々にドラムンベースへと移行していく。その後の展開はみなさまのご存じの通り。GoldieのメタルヘッズやRoni Sizeのフルサイクル、DJ Hypeガンジャクルー、LTJブケムのグッドルッキングなどTrip hopのときと同じように、多くのアーティストが誕生しては消えていった。そして、ドラムンベース過渡期というべき時に、現在の“クロスオーバー”サウンドへの直接の礎となる4heroの“2pages”がGilles PetersonTalk`in Loudからリリースされたのは決して偶然ではないだろう。


試聴:Headz 2