2003-2004シーズンを振り返って その1

rekoba2004-05-17


インテルにとって散々だった2003-2004シーズンも
昨日のエンポリ戦をもってようやく終了しました。
サイドに充分な補強をし、
満を持してスクデットを獲得するはずだった今シーズン。
ふたを開けてみれば、信じられないような混乱と
空しいだけのチャンピンズリーグ出場権のみが残されていました。


個人的な一番の思い出はまだクーペルが監督をしていた頃に
ハイバリーアーセナルを0-3で完封したことでしょうか。
あの試合は、ぼくがインテリスタになってからの最高の試合であり、
同時にぼくが考える最高のサッカースタイルでした。
しかし、残念ながら、その後のミラノダービーに完敗。
続くブレッシア戦を引き分けて、クーペル監督はあえなく解任となりました。


ザックがどうこうということはヌキして、
クーペルインテルはぼくが知る限り最強のインテルでした。
確かにいざというときに勝負弱かったし、
ビエリ頼みの攻撃陣に問題もありましたが、
彼のインテルは圧倒的であったと思います。


バレンシア時代を振り返っても、
彼のチームは序盤戦が不調であることが常でした。
その後、チームを立て直して徐々に順位を上げていく、
そのようにしてバレンシアチャンピオンズリーグ決勝まで導いたのです。


確かにミラノダービーはサイテーな負け方でしたが、
クラブ上層部は彼をクビにすべきではなかったと思います。
敗戦の直後、ぼくは解任が妥当だと思っていたし、解任すべきだと思ってました。
しかし、冷静に考えれば、あの判断が間違っていました。
少なくとも、あの時点では解任すべきじゃなかった。
なぜなら、インテルは昨シーズンの開幕前、
クーペルと確執のあったロナウドレアルマドリーに放出しているのです。
ロナウドはクラブの顔ともいうべきインテルのアイドルで、
その選手をクーペルのために放出したということは、
インテルクーペルと苦楽をともにするという意思表示のはずでした。
なのに、上層部は責任をすべてクーペルに押しつけ、解任してしまった。


次に就任した監督が熱狂的なインテリスタであるザックでなければ、
インテルは確実にここ(4位)までくることできなかったでしょう。


現在、ビエリ問題で揺れているインテルですが、
クーペルのときと同じ過ちだけは繰り返さないで欲しいものです。
ザックでいくなら、何があろうとも、向こう3年間はザッケローニ政権で。
替えるなら、ここですぱっと替えて、その監督と心中する。
もういい加減、ぼくらにもいい思いをさせてください。


http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/headlines/20040517-00000006-spnavi-spo.html