天空の花嫁(後編)

しかし、ツッキーa.k.a月野はるかの柔らかなバストラインの曲線でも、
ぼくの極度の緊張をほぐすことはできませんでした。
なぜなら、運命のヒトはもうすぐに手の届くところにいるのです。
ツッキーからサインを受け取り、握手を終えると、
ようやく運命のときを迎えることとなりました。


ヒジリンは、ツッキーの横に座っていました。
ぼくの前に並んでいた秋葉なゴルゴ13はルンルン気分で
何やらヒジリンに話しかけていました。見る限りでは相当に場慣れした様子。
挙げ句の果てには彼女らのマネージャーらしい営業のヒトと
さも常連げに話し込んでいるではありませんか!
普段であれば、こんな気持ち悪い妖怪にはデビルアイの電磁力で
動けなくしてやるのですが、いまのぼくにそんな力も余裕もありません。


ようやくヒジリンの前まで来るも、緊張で顔をすら上げられずにいました。
せめて、「ファンです、がんばってください」とか、「応援してます」とか、
言いたかったんですが、当然そんなことなど言えず、
ヒジリンの顔も見れず、ただただ彼女の書くサインを眺めるばかりでした。
このときのぼくの変質者ランクは、明らかに秋葉ゴルゴよりも上だったと思います。


そんなとき、どこからともなく、あの時の声が聞こえてきました。
「顔を上げて」
それはヒジリンが言ったのか、はたまた、
ただの幻聴だったのかは分かりません。
ふと、我に返ったぼくは、恐る恐る顔をあげると、
そこには普通のヒジリンがちょこんと座っていました。
セクシーな服を着てるわけでもなく、AV女優らしい化粧をしているわけでもない。
きっと、香山聖ではなく、普通の彼女だったのでしょう。
ぼくはその姿に少なからず驚きを覚えました。
ぼくの考えていたAV女優とは、セックスマシンでありプッシーキャットでありました。
誘われるより誘う。下着というよりはランジェリー。ヴァギナよりアナル。そんな感じ。
でもそこにいたのは、普通の女の子。
コンビニでバイトしてたら、足繁く通ってしまいそうな、
クラスにいたら、密かに好きになってしまいそうな、
そんな女の子でした。


そこに座っている女の子を観ていると、
ぼくは少し甘酸っぱい気持ちになりました。
胸の奥が少し温かくて、ちょっと息苦しい。
なんだか、久しぶりの感覚でした。
その時のぼくは、AV女優とファンとしてではなく、
19歳の普通の女の子と握手している普通の26歳の青年でした。
もう、「運命のヒト」とか「大発射」とか「ゴッドハンド」とか、そんな言葉は関係ありません。
この心地よいドキドキが永遠に続いてくれたらいいのに、
そんな風に感じていました。


できれば、普通に合コンとかで出会って、
もっとリアルにドキドキしたかったな。


その後、ぼく、ツッキー、ヒジリンの3ショットで記念ポラをとってもらい、
ぼくはその場を後にしました。


結局、ぼくは最後まで彼女に声をかけることができませんでした。
「顔を上げて」という、あのときの声が果たして彼女だったのかも、分からず終い。
相変わらずというか、いつも通りというか、まぁ、そんな展開。
でも、今となっては、彼女であってもそうでなくても、どうでもいいような気分でした。
ただ、この気持ちが嬉しい。
そんな風に思っていました。 


帰り際、電車の中でできあがったポラをみると、
ヒジリンを気にしつつも、緊張のため
引きつり気味の顔になったぼくが写っていました。
その姿は滑稽だったけど、なんだかすごくぼくらしくて、思わず苦笑しました。


電車を降りると、辺りはすっかり夜の帳が下りていました。
虫の鳴く声を聴きながら、ぼくはチャリに乗って家まで帰りました。
夜風はいつもより涼しく、心地よく感じられました。


ぼくは、大きく広がる夏の夜空を見て、少しだけ泣きました。


【おわり】


※分かっているとは思いますが、この話は事実を基にしたフィクションです。

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Inside of you(Remixed by Ogu 2040) / SR Smoothy